新海誠監督作品「君の名は。」は2016年8月に公開された映画。

特大ヒットを飛ばした名作。

夢の中で入れ替わる男女の切なくも愛おしい恋のストーリーを田舎町と大都市東京という正反対の舞台にして描いています。

 

日本をアニメーション界を代表するスタッフに加え、豪華キャストが集結し、国内のみならず、海外でも高く評価されました。

しかし、僕はこの作品を映画館で見ることはありませんでした。

 

その当時流行りものに乗るのはダサい」という安易な解釈で見ようとしなかったんです。

 

 
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そんな僕が初めて「君の名は。」をみることになるのは公開から約一年半後・・・。

そこからは立て続けに10回以上作品を視聴・・・そんな僕だからこそ「君の名は。」について考察できる要素があるのでご紹介したいと思います。

 

 

「君の名は。」を見た感想

「夢の中で体が入れ替わった少年と少女の恋と奇跡の物語」

そのキャッチフレーズのみしか予備知識がないまま初めてこの作品を見たときは、そのストーリーの意外性、心理描写、深さに驚かされました。

 

それと同時に「なぜもっと早くこの作品を見なかったのか」という後悔の気持ちを感じました。

 

それまで僕はは「秒速5センチメートル」「言の葉の庭」で新海誠監督作品は楽しませていただいておりました。

しかし、それらの作品にも見られた美しい風景描写、深みのある心理描写はそのままに、コメディ要素もたくさん散りばめられており、新しい新海誠を見られたような作品でした。

 

ストーリーは田舎に住む女子高校生、宮水三葉と東京に住む男子高校生、立花瀧の体から入れ替わるという非日常的な展開スタートします。

やがて一つの町を彗星から守る壮大なストーリーに発展していきます。

 

圧倒的なスケールの風景描写、RADWIMPSが手がけた壮大な音楽との融合。

「おおおおおおお!」と圧倒されたままストーリーはクライマックスを迎えますが、その裏には緻密なストーリー設定が組み込まれています。

 

 

「君の名は。」の考察

いわずと知れた大ヒットアニメ「君の名は。」。

大人気であることにはたしかですが、やはり視聴者の中には不評の人も多くあるのも事実。

 

それは正直好みの問題なので、そういった意見が飛ぶのも仕方がないと思ます。

しかし、僕が「もったいないなぁ。」と勝手に感じてしまうのは、「よくわからなかった。」「難しかった。」という意見。

 

そんな人々の中に1人でも「君の名は。」のストーリーを深く感じ、心をときめかせてもらえる人を生み出したい!という、一ファンによる勝手なお節介記事を書きたいと思います。

この記事はこれまで本作に対する感想を聞いた中で登場した疑問点について、すっかり「君の名は。」の虜になり、10回以上作品を楽しんだ僕がこの作品に組み込まれたそれらの綿密なストーリーについて考、僕なりに考察していきます。

 

 

「君の名は。」の秘密を知るキーパーソン

この作品は2人の主人公、瀧と三葉が存在すれば成り立ってしまうストーリー。

しかし、僕たち視聴者がストーリーを深く理解するために非常に重要なキーキャラクターが存在します。

 

それが主人公の宮水三葉の祖母・・・「宮水一葉」。

 

(C) 2016「君の名は。」製作委員会

 

物語の序盤、まだ主人公たちが彗星を巡る壮大な展開に発展していくことが予想できない時に、一葉は非常に重要なセリフをたくさん口にしています。

むしろ宮水一葉の口から発せられるセリフの全てが重要であり、全てが伏線と言っても過言ではないほど、このキャラクターは我々視聴者にとってのキーマンなのです。

 

まずは「繭五郎の大火」について一葉が語るシーン。

 

(C) 2016「君の名は。」製作委員会

 

「へー。そういうことがあったのか」と視聴者は聞き流しがちですが・・・

これは、なぜ宮水一族が他人と入れ替わるのか、その理由を暗に示しています。

 

 

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なぜ宮水一族が他人と入れ替わるのか

元々宮水一族は「彗星が落下してできた糸守湖」をさらなる彗星災害から守る役割を担っていたことが考えられます。

繭五郎の大火によって先祖からの伝承が途絶える以前は、町を「彗星から守るため」に、彗星の存在を忘れないよう舞を踊り、組紐を結っていたのではないでしょうか。

 

舞の中で龍を模したように、鈴が割れながら落ちていくような振り付けがあります。

 

(C) 2016「君の名は。」製作委員会
劇場アニメ「君の名は。」より引用

 

あれは先祖が未来人と入れ替わって知った「彗星の詳細」を後世に語り継ぐためにその振りを取りいれたという見方もすることができます。

組紐にはオレンジに水色で龍のような模様があることから宮水の先祖は彗星を龍に見立てていたことが考えられます。

 

(C) 2016「君の名は。」製作委員会
劇場アニメ「君の名は。」より引用

 

宮水を表す「水」と彗星を表す「龍」をつなぐものとして、「瀧」が存在していたとすると、瀧が糸守を救うということは遠い先祖の代から運命づけられていたのかもしれません。

それがテーマソングの「前前前世」のサビの歌詞、「君の前前前世から僕は、君を探し始めたよ」ということなのかもしれません。

 

僕はこの作品を見た時から、何で「瀧」という名前にしたのか不思議でしょうがなかったんですが・・・このように考えると自分の中では腑に落ちました。

 

一葉のセリフと同じくらいに注目してほしいのは風景描写。

  • 思い出したくても思い出せない・・・というもどかしさ
  • 自分の半分(片われ)を闇雲に探しているという描写

を今作では半月で表していると思います。

 

彗星が落ちる日、瀧が奥寺先輩とのデートの後に三葉に電話をかけるが繋がらなかったシーン。

 

(C) 2016「君の名は。」製作委員会
劇場アニメ「君の名は。」より引用

 

このシーンから瀧は三葉を探し始めるわけですが、月を良く見てください。

電線が横切り半分に割れてるようなカットで終わっています。

 

そして、飛騨の山地に三葉を探しに行く際、瀧のマウンテンパーカーの肩口には陰陽師の半月のマークが刻まれています。

 

(C) 2016「君の名は。」製作委員会
劇場アニメ「君の名は。」より引用

 

さらにラーメン屋で瀧がT-shirt姿になった際にはシャツに大きく半月が描かれています。

 

(C) 2016「君の名は。」製作委員会
劇場アニメ「君の名は。」より引用

 

半月の描写は三葉の父、宮水トシキのいる町長室の「陰陽」という、ポスターにも見られます。

 

(C) 2016「君の名は。」製作委員会
劇場アニメ「君の名は。」より引用

 

カタワレ時、彗星のカタワレなどたくさんの「半分」という表現が散りばめられていますね。

さらに三葉が中学時代の瀧に会いに行く際、瀧がめくっている単語カードには「Im looking for my counterpart」・・・

つまり、「わたしは片割れを探しています。」という直接的な表現も使われています。

 

(C) 2016「君の名は。」製作委員会
劇場アニメ「君の名は。」より引用

 

以上が宮水一族が他人と入れ替わるのかという理由。

  • 「瀧」の名前の考察
  • 「半分」を強く強く意識させる風景描写

の2点により、糸守湖の歴史、宮水一族の存在意義を示し、あの入れ替わりはなるべくしてなった・・・と言えるのではないでしょうか。

 

 

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なぜ2人はお互いを好きになるのか

なんで出会ったこともない男女がお互いのことを好きになってしまうのか・・・これはけっこう僕の周りでも多い疑問点。

本作では田舎に住む女子高生と東京に住む男子高校生がお互いの体が入れ替わっていることをきっかけに恋をしてしまいます。。

2人はお互いの生活をそれぞれ送っていくわけですが、瀧がタイムリープするまで直接会ったことはありません。

 

そんな2人がなぜお互いに恋をするのか・・・僕なりの考察を述べていきます。

っていうか、恋でもしなきゃ物語が進展しないわけですが。笑

 

(C) 2016「君の名は。」製作委員会
劇場アニメ「君の名は。」より引用

 

男子高校生である瀧が女子高生の三葉に惹かれるのは男の僕からしても理解できます・・・三葉は美人であるという描写もあるし。

しかし、なぜ三葉は瀧のことを好きになったのか?

 

瀧の基本状況を整理します。

 

  • 東京に住む。
  • 高校二年生(都立神宮高校)。オシャレなレストランでバイト。
  • イケメン。
  • モテる。
  • 喧嘩っ早い。

 

これくらいが三葉が入れ替わりの中で知り得る瀧の基本状況。

そもそも三葉は東京に憧れ、田舎のしがらみから早く解放されたいと願っていました。(儀式の後には「来世は東京のイケメン男子にして下さ?い!」というほど)

 

そんなタイミングで入れ替わってしまった相手が東京のイケメン男子だったわけです。

その時点で三葉が瀧に興味を持つのは理解できますよね。

 

また、三葉は厳かな神社の家庭で長女として育ち、父は神職を捨て、政治の世界へ。

父が町長である故にクラスメイトからは冷ややかな目を向けらています。

母は早くに亡くしています。

 

物語冒頭、クラスメイトからのあからさまな悪口に対して我慢するような表情を浮かべ去って行ってしまうカットを見ても、きっと人に物事を強く言うことができない性格なのでしょう。

母を早くになくし、次女四葉に対して母替わりのようなポジションを担わなければならなった三葉の境遇が我慢強い責任感に溢れるそのような性格を作り出したのかもしれません。

そんな中で体が入れ替わってしまい。自分自身の学校生活を自分の替わりに送ることになった瀧は三葉とは真逆の性格で真逆の生活を送ります。

 

これまで何も言い返すことのできなかったクラスメイトの陰口に対して、机を蹴り倒し、無言の抗議。

物語の中盤、前前前世が流れる中での二人の日記でのやり取りのシーンでは「この授業中、悪口っぽいことを言われたので、机を蹴って黙らせた。どこの誰だか知らないがお前はもっと堂々と生きろ」と書いてあるシーンがあります。(ぜひ、一時停止して、確認してほしい。)

 

(C) 2016「君の名は。」製作委員会
劇場アニメ「君の名は。」より引用

 

三葉は自分自身にはない、瀧の男らしさに惹かれたのではないでしょうか。

三葉はいつもテッシー、さやちんとの3人で行動しています。

登下校も昼休みに弁当を食べるのもその3人。

 

反対に三葉がさやちん、テッシー以外のクラスメイトと会話しているシーンは一切ありません。

他のクラスメイトからは町長の娘に対する冷ややかな目線だけが向けられています。

その「町長の娘」と仲良くしているということでさやちん、テッシーも同様にクラスメイトに相手にされていないことが推察できます。

 

そんな生活も瀧との入れ替わりによって一変。

それが悪目立ちであったとしても三葉はクラスメイトから視線を感じるようになります。

今まで目立たない存在、目立ってはいけなかった存在であった三葉が突然クラスメイトの視線を集めることで、戸惑いや、瀧に対する怒りを露わにするシーンもありましたが・・・

三葉にとって瀧は変わり映えのない、閉鎖的な田舎での日常を打破した救世主的な存在であったのかもしれません。

 

次に2人の共通点を考えます。

実は2人とも父子家庭。

 

瀧が父と2人で暮らしている理由については本編では語られることはなかったが2人とも母と一緒に暮してはいません。

三葉の父は冒頭の街頭演説のようなシーンからあったように、三葉に対して厳しく、棘のある接し方をしてきます。

それに対して瀧の父は「遅刻でも学校にはちゃんと行けよ」といったように優しく大らかであることがうかがえますね。

 

そのような二人の似たような境遇の中にある父の接し方のギャップのようなものにも三葉が瀧に惹かれていくような要素があったのではないでしょうか。

なんでもないやの歌詞中の「いつもは尖っていた父の言葉が今日は暖かく感じました」は初めて瀧の体に入れ替わった時の三葉の心情では・・・というのが僕なりの解釈です。

 

以上が2人が恋に落ちた理由。

そして、ココからは新海監督が生み出してきた作品の延長線上に「君の名は。」という作品が位置していることを考察していきます。

なぜココまで大ヒットしたのか・・・その理由の一端とも言えるかもしれません。

 

 

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「君の名は。」が大ヒットした理由

映画「君の名は。」。

日本映画史において、今後50年は歴史に名を残す作品となることは間違いないと思います。

 

なぜ売れたのか。

その理由を明確に語らえる人は未だに存在しません。

じゃあ、僕が・・・と言いたいですが、残念ながらそれはを100%明確に語ることが出来る人はいないでしょう。

 

そんなものを語れるのであれば、その人は100%確実に売れる映画を製作し続けることが出来ますからね。笑

でも、僕の意見を聞いてくれ!僕なりの「君の名は。」が売れた理由をここに書き記そう。

 

「君の名は。」は歴代邦画作品の興行収入ランキングで第2位を記録しました。

空前の大ヒット。

それは「君の名は。」の製作に携わったすべての人が予想だにしなかったこと。

 

だって新海誠作品の前作「言の葉の庭」の興行収入は1億5000万円。

「君の名は。」の興行収入は250億円を超えています。

そんなこと予想できる人がいるでしょうか。

 

僕は「君の名は。」が公開する以前からの新海誠作品のファンです。

しかし、ここまでヒットするとは思っていませんでした。

「あー新海誠作品、みんな1回見れば良さ分かるのになあ・・・見てくれないかなあ・・・」と願ってはいましたが、ここまで売れてしまうのは驚きました。

 

「君の名は。」以前から新海誠作品が好きだという人は数多くいるでしょう。

その中でよく耳にする言葉は「君の名はよりも過去の作品の方がいい・・・」という感想。

 

一気にメジャーになってしまうと、そのような意見が出てくることは不思議ではありません。

自分だけの宝物のようなコンテンツが一気に広く知られることで錆びついてしまうような感覚に陥ることはよくあります。

 

ただ、「君の名は。」に関してはそれだけではありません。

やはり「売れようとしている感じ」が前面に出たことが上げられると思います。

 

1つに音楽。

RADWIMPSを前面に出しポップでとっつきやすい印象を与えました。

 

1つに声優。

細田監督や宮崎監督が手掛けた作品のようにプロの声優ではなく、俳優と女優を主役に置きました。

 

1つにストーリー。

日本では昔からあるような「入れ替わり」と「タイムスリップ」を軸としたメジャー感のあるストーリーとなりました。

 

「君の名は。」のアンチは必ずと言っていいほどこのような意見を述べます。

しかし、僕が思うに「メジャー感」は「言の葉の庭」からすでに出ていたと思います。

元々、新海誠監督は音楽に「山崎まさよし」「秦基博」などを起用するなどメジャーなミュージシャンの楽曲を使っていました。

 

ストーリーもずっと恋愛を軸に描き続けてきました。

もちろん、「秒速5センチメートル」では実らない恋を、「言の葉の庭」では雨の日という特殊な環境の恋を描いてきたため、「君の名は。」ではメジャーな感覚を感じてしまうかもしれません。

 

それでも「君の名は。」が突出してメジャー感があるようには思わないのは僕だけでしょうか。

そのため、売れてしまったことによる寂しさを感じているだけなのでは・・・と思っています。

そういった曲がった思いで「君の名は。」を見ることできちんと作品と向き合えないのはもったいないなあ・・・と感じます。

 

実際、「君の名は。」は韓国や中国など世界的にもヒットした作品。

それは、まぎれもなく「君の名は。」は良い作品であるということを示していると思います。

 

では、なぜここまでヒットしたのか・・・掘り下げましょう。

 

映像

僕が思うにその最大の理由は映像にあると思います。

 

まず第1に言っておきたいのは「ジブリ」が売れた理由。

僕はジブリ作品が売れた最大の理由は「ストーリーは気にしない、映像ありき」であることだと思っています。

宮崎監督はストーリーのつじつまが合うよりも、映像が納得できるかという観点で作品を製作しています。

 

ジブリ作品って、日本国民なら何度も何度も見ていますよね?

それでもまたロードショーで放映されたら見てしまいますよね?

 

おそらく僕たちは「ジブリ作品」を見るときに、そんなにストーリーを気にしてみていないのではないかと思うのです。

だからこそ、何度も何度も見れる。

映像を見ているんです。ストーリーはおまけ。

 

トトロのふかふかのお腹で寝ているメイを。

 

スタジオジブリ・徳間書店
劇場アニメ「となりのトトロ」より引用

 

 

ヤックルに乗って駆けるアシタカを。

 

スタジオジブリ・徳間書店
劇場アニメ「もののけ姫」より引用

 

 

ハクのために泣く千尋を。

 

スタジオジブリ・徳間書店
劇場アニメ「千と千尋の神隠し」より引用

 

あの映像を見た瞬間に僕たちは一気に宮崎監督の世界に引き込まれるのです。

それは、母親が病気のため田舎に引っ越してきたらトトロを発見して、その不思議なトトロがいろんな奇跡を起こしてくれるという設定に引き込まれているわけではありません。

 

「君の名は。」は、コレと同じ現象が起きていると思います。

あの作品を何度も劇場に足を運んで見た人はどれくらいいるでしょうか。

 

個人的な感想を言うと、人生でこんなにも映画館で映画を見たいと思った作品は他にはありません。

きっと、多くの人が何度も足を運んだのではないでしょうか。

 

実際、何度も足を運んだ人は多くいるようで、その中には「ストーリーが良くわかならなかったからもう1度行った。」という思いで映画館に通った人がいるようです。

確かに、「君の名は。」のストーリーは途中入れ替わりが激しく行われ、日にちの設定などがこんがらがる部分など分かりにくい点がありますよね。

 

ただ、「ストーリーがよく理解できなかった」作品をもう1度見に行こうと思うでしょうか?そんなお人好しはこの世界にいません。

何か魅力があったから足を運んだんでしょう。

 

ストーリーじゃないとしたら・・・そう映像です。

あの作品は「映像」だけで客を映画館に向かわせるだけの力がある。

 

「君の名は。」の映像は上映開始から引き込みます。

彗星が主人公の頭上を駆け抜けていくあのシーン。

 

(C) 2016「君の名は。」製作委員会
劇場アニメ「君の名は。」より引用

 

このシーンでもう視聴者を強く引き込みます。

 

新海誠監督の作品は以前から「映像」に注目が集まっていました。

「まるで現実のような映像」。

僕は新海誠監督の作品を見て、現実で自分が目にしている世界はなんて美しいんだろう・・・と感じました。

そんなありふれた日常を、もう1度再認識させてくれたのが新海誠監督の作品です。

 

その中でも集大成とでも呼べるような圧倒的な映像美が「君の名は。」。

あの作品は美しい。

映像だけで客を呼べる価値のある作品です。

 

音楽

その映像をより際立てているのがRADWIMPS監修の音楽。

作品の要所要所で流れるRADWIMPSの楽曲は、確実に作品のプラスとして働いています。

 

たまに「うるさい」「音楽ありき」などの意見も聞きますが、うるさくていいと思います。

音楽ありきで良いと思います。

 

あの作品には圧倒的な映像があります。

だからこそ音楽も活きているのです。

僕が特に印象的なシーンは、かたわれ時で入れ替わりが解除され彗星が落ちるまでのシーン。

絶望と希望が入り混じったかのような不思議な感覚になります。

 

映像と音楽の関係で言うと、宮崎監督と久石譲さんの関係も興味深いですね。

「君の名は。」とRADWIMPSのようなお互いを際立たせている関係。

 

アニメーションの大ヒット作品の奇妙な共通点ですが、ただ、映像をより際立たせているのは久石譲さん。

RADWIMPSと新海作品はお互いを引き立たせています。

 

RADWIMPSの楽曲は下手すると「君の名は。」という作品自体を食ってしまいかねないほど圧倒的な存在感を放っています。

「君の名は。」の中では、RADWIMPSの楽曲を流すタイミングがすごいですよね。

まるで1つのキャラクターのように楽曲を扱っています。

 

その曲が流れている間は、その曲が活躍する出番、といった感じ。

そのコントロールはさぞかし大変だったと思います。

気を抜いてしまえば、自分が制作した作品が楽曲に食われてしまうのですから。

 

それでもなお、あえて存在感を放たせたあの演出は見事・・・と思いました。

もちろん、すべての人が納得するようなコンテンツはこの世に存在しないため、反対意見を言う人もいるでしょうが、それはたくさんの人が魅了された結果が物語っています。

 

この項目ではあえてストーリーに触れませんでした。

そのストーリーは・・・実は新海監督作品における集大成とも言えるモノなんです。

詳しくはこの先をお読みください。

 

 

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新海監督作品における「君の名は。」の位置づけ

新海誠監督作品の中で絶対的な評価を得た今作でしたが、なぜここまでのヒットを飛ばせたのか?

 

新海監督が世に公開した作品は、「ほしのこえ」「雲のむこう、約束の場所」「秒速5センチメートル」「星を追う子ども」「言の葉の庭」。

2002年の商業デビュー作品である、「ほしのこえ」以来、映像美溢れる作品を世に送り出し続けてきた新海誠監督にとって、本作は「挑戦」の位置付けの作品であったように感じます。

 

 

(c) Makoto Shinkai / CoMix Wave Films
劇場アニメ「ほしのこえ」より引用

2002年「ほしのこえ」は新海誠監督自らが監督、脚本、作画、演出、美術などそのほとんどを個人で制作した商業デビュー作。

そのストーリーは少年と少女の「宇宙と地球の遠距離恋愛」、序盤は明るい風景描写が多用されますが、2人が別れて以来、少年ノボルがいる地球では雪や雨の描写が多くなります。

「君の名は。」にも見られる心理描写を美しい背景で上手く表現するこの技はデビュー作ですでに確認できます。

 

 

(c)Makoto Shinkai / CoMix Wave Films
劇場アニメ「雲のむこう、約束の場所」より引用

2004年「雲のむこう、約束の場所」は初の劇場長編作品であり、前作を超えるクオリティを見せ、その年の名だたる大作を抑え、アニメーション映画賞も受賞しています。

そのストーリーを動かすのは3人の少年と少女。

少女との約束を果たすため、少年2人が協力し、さまざまなしがらみ、葛藤を乗り越えて空を目指して飛び立っていきます。

 

僕自身この作品を見たのは「君の名は。」を見た後でしたが、10年以上前の作品とは思えないほどの映像美とそのストーリーに圧倒されました。

さらに驚くべきは少女の夢の中で、少年と少女が出会うシーン。

少年と少女が互いに手を伸ばし、お互いの存在を確かめ合うシーンは瀧と三葉がカタワレ時に出会うシーンと酷似しています。

この作品からすでに「君の名は。」に通じる何かが、新海誠監督の中にあったのかもしれません。

 

 

(C) Makoto Shinkai / CoMix Wave Films
劇場アニメ「秒速5センチメートル」より引用

2007年「秒速5センチメートル」は前作から一転SF要素を廃し、現実を忠実に描いています。

この作品にもやはり少年と少女が登場し、「初恋が思い出に変わるまで」を切なく描いています。

本作は3部で構成され、ラストは山崎まさよしの名曲「one more time.one more chance」と完全にシンクロした、PVのような演出で話題を呼びました。

そのラスシーンで成長した男女がすれ違うシーンにもまた「君の名は。」を彷彿とさせるものがあります。

 

 

© Makoto Shinkai / CMMMY
劇場版アニメ「星を追う子ども」より引用

2011年「星を追う子ども」はこれまでの作品と一転し、キャラクターの個性を押し出した作風。

1人の少女が少年を救うべく奮闘し、本格的なファンタジーに巻き込まれていく様子は男女の違いはあれどやはり「君の名は。」とも通づるものがあるのではないでしょうか。

 

 

©Makoto Shinkai/ CoMix Wave Films
劇場版アニメ「言の葉の庭」より引用

2014年「言の葉の庭」。

この作品の一番の見どころは高校生の少年と大人の女性の2人のどうしようもない距離感。

「君の名は。」では時間的、心理的、物理的なさまざまな距離感が2人を阻んでいます。

 

 

これまでの作品を振り返り、「君の名は。」はまさに5作品のいいとこ取りのような作品。

風景描写の美しさはそのままにそれぞれの作品の話題性、ストーリー性からいいものを取り込み、106分に凝縮していく・・・さらにこれまでの新海作品には見られなかったコミカルなシーンにも挑戦し、それをRADWINPSの壮大な音楽が後押ししています。

 

「君の名は。」初めて観た新海誠ファンはこれまでの新海誠作品のこれまで通りの「安心感」を感じるとともに、これまで感じることのなかった「異質さ」も同時に感じたことでしょう。

それがこの作品のヒットの所以であると僕は感じます。

 

冒頭に流れるRADWIMPSの「夢灯篭」が流れたときの「今までとは何かが違う」「すごい物語が始まろうとしている」という感覚は今でも忘れられない。

あぁ このまま僕たちの声が 世界の端っこまで消えることなく
届いたりしたらいいのにな
→ほしのこえ

 

そしたらねぇ 二人で どんな言葉を放とう
消えることない約束を 二人で「せーの」で 言おう
→雲のむこう、約束の場所

 

あぁ「願ったらなにがしかが叶う」
その言葉の眼をもう見れなくなったのは
一体いつからだろうか なにゆえだろうか
→秒速5センチメートル

 

あぁ 雨の止むまさにその切れ間と 虹の出発点 終点と
→言の葉の庭

 

この命果てる場所に何かがあるって いつも言い張っていた
→星を追う子ども

 

とそれぞれの歌詞がこれまで新海誠作品を暗示しているように僕は感じます。

そうだとするならば、「これまでの5作品のいいとこ取り」という認識が僕たちファンのみならず、RADWINPSにもあったのではないでしょうか。

もしくは、奇跡的なシンクロか。

 

どちらにせよ、「君の名は。」が大ヒットした所以だと感じます。

 

さて、「君の名は。」の大ヒット・・・。

その理由がコレだけで納得できますか?

 

納得できないというあなたに。

ココからさらに大ヒットした理由を掘り下げて考察していきます。

 

 

 

 

 

今回の記事では、「君の名は。」を10回以上見ている僕だからこそ知っているような本当に細かい描写を紹介しながら「考察」というテーマで書かせてもらいましたが、まだまだ書きたいことばかり・・・。

 

まだ「君の名は。」をご覧になったことがないかたは初回は是非、美しい風景描写、意外性満載のストーリー展開、壮大な音楽の全てを真っさらな心で楽しんでください。

そして、2回目以降にご覧になる方々は前述した細かな描写に注目して物語を深く楽しんでみてください。

 

長い文章を最後まで読んでいただきありがとうございました。

 
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